血友病 基礎講座
(原因、症状と合併症、包括医療システムについて)
血友病基礎講座
歴史の中の血友病
5世紀ころに完成したユダヤ教の聖典『バビロニア・タルムード』のなかに、「もし最初の男の子が割礼によって出血し、第2子も同様であれば第3子の割礼を行ってはならない」という一節があり、これが現存する血友病のもっとも古い記述といわれています 1)。
歴史上もっとも有名な血友病の家系は英国のビクトリア女王の家系です。彼女の産んだ5人の王女のうち2人が保因者で、この2人の王女やその娘たちがヨーロッパの王室へ嫁いだため、ヨーロッパの各王家に血友病が広まり、Royal Diseaseとして知られるようになりました 2)。

出血から血が止まる(止血)まで
正常な血液の固まり方
血管には「静脈」、「動脈」、そして「毛細血管」があります。これらの血管が破損すると、出血が起こります。
出血は皮膚の表面(切ったり、すりむいたりした時)か体の中で起こりますが、多くの場合、体は血液が固まる過程である「凝固」を経て傷ついた血管を修復することができます。凝固は下の図1~4のように起こりま

図1血管が傷ついて出血すると、血管が収縮して血液が流れ出るのを防ぎます。

図2「血小板」という血液中の小さな細胞片が、出血している場所の上に集まり、「血小板血栓」という一時的な血栓を形成します。

図3血小板血栓は出血を止める力が弱く、あくまで一時的なものです。そのため、血小板血栓はより強い“ばんそうこう” を出血している穴の上に作る必要があります。そこで、「凝固因子」という血漿タンパクの働きで「フィブリン凝塊」と呼ばれる強力な“ばんそうこう” がつくられ始めます。

図4凝固因子と「フィブリン」は、一時的な血小板血栓の上にフィブリン凝塊を形成して、より強力な、長持ちする“ばんそうこう” を作ります。フィブリンは血小板同士をくっつけ、それを破損した血管にしっかりと固定します。通常、血液中にはこうした重要な役目を持つ凝固因子がたくさんあります。
血友病とは
血が固まりにくい病気・血友病
血友病とは、血がうまく固まらないために出血症状が出る病気です。血友病患者さんのうち、多くはご自身の親族や家族に血友病の方がおられ、遺伝性の病気であることが確認されています。一方、一部では突然変異によって遺伝子に変化が生じて血友病を発症することもわかっています。この場合は、親族や家族に患者さんがいらっしゃらなくても血友病と診断されます 3)。
血友病Aと血友病B
血友病の代表的なタイプは、「血友病A」と「血友病B」があります。
「血友病A」の人は血液の「凝固因子」の中で、第VIII因子が低下しているか欠乏しています。
「血友病B」の人は第IX因子が低下しているか欠乏しています 3)。
第VIII因子が不足しているもの:血友病A
第IX因子が不足しているもの:血友病B
凝固因子レベルで決まる血友病重症度
血友病の重症度は、出血の回数や障害の程度で決まるものではありません。血友病では、第Ⅷ因子または第Ⅸ因子の働き(活性)がどの程度あるかを示す、凝固因子レベルによって重症度が決まります。凝固因子レベルはパーセントで表示され、正常な凝固因子レベルは50~150%です。しかし、血友病患者さんの凝固因子レベルは正常値よりもずっと低く、重症の血友病患者さんでは1%未満、中等症は1~5%未満、軽症では5%以上と幅があります。患者さんやそのご家族は、ご自身、またはご家族の凝固因子レベルを知っておく必要があります。知らない場合は主治医に確認しておきましょう 3)。
【血友病の重症度分類】
重症型:凝固因子活性<1%
中等症型:凝固因子活性 1〜5%
軽症型:凝固因子活性>5%
血友病の遺伝形式(X連鎖潜性遺伝)4)

血友病男性が父親(X'Y)、健常女性が母親(XX)の場合(図左)、男児は母親からX染色体1つ(X)が、父親からY染色体が受け継がれるため、すべて健常男児となります。女児の場合は母親からX染色体1つ(X)が、父親からもう一つ(X')が受け継がれるため、すべて保因者となります。
保因者(X'X)の女性が男児を出産した場合(図右)、その男児は母親からX染色体を1つ(XまたはX')、父親からY染色体を1つ受け継ぐため、母親から受け継ぐX染色体がX'の方であれば血友病(X'Y)となります。
逆に母親から受け継ぐX染色体がXの方であれば健常な男児(XY)となり、その確率は50%となります。
保因者の女性が女児を出産した場合、その女児は母親からX染色体を1つ(XまたはX')、父親からX染色体を1つ(X)受け継ぐため、母親から受け継ぐX染色体がX'の方であれば保因者(X'X)となります。
逆に母親から受け継ぐX染色体がXの方であれば健常な女児(XX)となり、その確率もやはり50%となります 4)。
血友病の保因者
【確定保因者】5)
- 1.父親が血友病である女性
- 2.2人以上の血友病患児を出産した女性
- 3.1人の血友病患児を出産し、かつ母方家系に確実な血友病患者のいる女性
【推定保因者】5)
- 1.母方家系に血友病患者がいるが、血友病患児の出産歴のない女性
- 2.兄弟に血友病患者がいる女性
- 3.1人の血友病患児を出産したが、家系内には他に血友病患者のいない女性
血友病の遺伝子X‘を持つ女性を保因者と呼びます 6)。
血友病保因者の数は血友病患者数の約1.6~5倍と推定されており、出血傾のある方もいると言われています 5)。
結婚や妊娠の際に、遺伝について詳しく知りたくなった場合は、主治医に相談してみてください。
血友病の症状
血友病は様々な出血症状をきたします。
血友病の出血症状で特徴的なことは、体の外への出血(目に見える出血)よりも、どちらかといえば体の内部での出血(目に見えない出血)が多いことです 7)。
【急性出血】8)
【慢性出血】8)
慢性滑膜炎
関節拘縮
血友病性偽腫瘍
これらの出血症状には好発年齢があり、年齢により出血症状の特徴が異なりま

血友病の主な出血と好発年齢 8)
生後すぐ(新生児期~乳幼児期)と高齢者には頭蓋内出血、乳児期後半には皮下出血がみられる傾向にあり
幼児期以降は体重不可のかかる足やひざ関節および肘関節、また、それらを支持する筋肉に出血をきたすようになります 7)。
血友病の合併症
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血友病包括診療
血友病の主な症状は出血ですが、関節内出血等により血友病性関節症を併発する可能性があります。また、遺伝性疾患であることから精神的な負担もあると考えられます。
小児血友病患者さんにとっては小児科が、成人の患者さんにとっては血液内科が血友病の主な診療科になりますが、整形外科、リハビリテーション科、産婦人科、遺伝カウンセラー、歯科・口腔外科などの診療科や看護師、薬剤師などの多職種が包括的にサポートを提供することを包括診療といいます 9)。
- 1)白幡 聡. 小児看護 2009; 32(12): 1564-1571
- 2)中 宏之, 嶋 緑倫, 日本血栓止血学会誌 2000 ; 11(4): 406-410
- 3)小林正夫, お子さんが血友病と診断されたご家族のために
- 4)世界血友病連盟, 女性保因者と女性血友病 P.3
- 5)野崎 恵子他, 家族看護研究 2021 ; 26 (2): 213-222
- 6)柴田 玲子他, 麻酔 2019; 68(4): 428-432
- 7)長江千愛, 小児内科 2021; 53(7): 1120-1125
- 8)山下敦己, Frontiers in Hemophilia 2015; 2(1): 23-24
- 9)松野良介, Thrombosis Medicine 2023; 13(2): 27-34